Moondropのイヤホン「Blessing 2」を購入して、しばらく使ったのでレビュー。
これまではUltimate Ears「UE900s」を外出時の常用イヤホンとして使ってきましたが、飽きも出てきたので買い替えました。
Moondropとは
Moondropは中国のイヤホン/ヘッドホンメーカー(正式社名は成都水月雨科技有限公司)で、音調を重視したチューニングがウリ。ヘッドホン/イヤホンをメインに開発し始めたのが2014年頃で、Moondropブランドの立ち上げは2015年。
以前は日本から買うには個人輸入しかありませんでしたが、現在は国内代理店が付いたので、Blesing 2を含めて流通している(Amazon.co.jpでも正規輸入品が買える)。
1 DD + 4 BAのハイブリッドIEM「Blessing 2」
今回購入したBlessing 2は、ダイナミックドライバー(DD)とバランスドアーマチュアドライバー(BA)を組み合わせたハイブリッド構成のIEM (In-Ear Monitor)で、ドライバー構成は1 DD + 4 BA。
Moondropによれば、DD + BAハイブリッドにおいて「1 DD + 4 BA」の構成はその他と比べて優れているとのこと。曰く中華イヤホンにありがちな“ハウジングへ詰め込めるだけドライバーを詰め込む”のとは異なり、Blessing2の構造はシンプルで効果的かつ合理的
らしい。
Moondropの中では中~上位機に位置付けられているモデルで、2と名前にある通り初代「Blessing」もラインナップされている。BlessingとBlessing 2の基本的な違いは外観と音のチューニングで、価格はBlessing 2のほうが安い(Blessingが400ドル、Blessing 2は320ドル)。
上位モデルにあたるのが「Moondrop S8」で、こちらはBlessing 2と異なりドライバーがハイブリッドではなくBAドライバー×8という構成。こちらも試聴した印象は良かったんですが、フラッグシップモデルということで700ドルという中々のお値段で手が出せず。
製品仕様
基本的な製品仕様はこちら。
仕様 | Blessing 2 |
---|---|
インピーダンス | 22Ω @1 kHz (±15%) |
感度 | 100.4 dB/mW (117 dB/Vrms) |
周波数応答レンジ | 9 Hz – 37 kHz (-3 dB, 1/4″マイクによる自由音場測定) |
実効周波数応答レンジ | 20 Hz – 20 kHz (IEC60318-4) |
THD+N | <1% @1 kHz |
ステレオ音量差 | ±1 dB @1 kHz |
コネクター | 0.78 mm 2ピン |
付属品 | 2ピン – 3.5mmステレオミニケーブル イヤーチップ(S/M/L各2ペア) キャリングケース |
インピーダンスは22Ωで扱いやすく、感度も100.4 dB/mWなのでスマホ直挿しでも音量は取れる。THD+Nも1%未満なのでフロアノイズもまとも。周波数応答は-3 dB条件で9 Hz – 37 kHzなので(人間に聴こえるかは別として)優秀でしょう。
本体とケーブルの接続は2ピンソケットなので、断線時はケーブルの交換もできる。
付属ケーブルは無酸素銅(OFC)リッツ線4本が束ねられており、単体で買ってもそこそこ値が張りそうなもの。かなり柔らかくタッチノイズも小さいため、特に交換するメリットも無いので自分はそのまま使っています。
外観
Blessing 2のハウジングは3Dプリントの透明レジン製。ドライバーやネットワークの配線まで透けて見えており、透明レジンのイヤホンの中でも透明度が高い方だと思う。
3Dプリントシェルのイヤホンは増えつつありますが、Blessing 2の場合は音導管の構造が複雑で、金型に樹脂を流し込む従来手法では安定した品質で量産できないために3Dプリントを採用したとのこと。製造は医療グレードのUV硬化樹脂を使用したDLP-3Dプリント技術で名の知られている(らしい)HeyGears社とMoondropの合弁会社で行っているらしい。
実機を触っている限り、透明度が高く不純物の混入もないので、使っているうちにレジンが劣化してシェルが割れるといった不安は無さそう。
通常モデルのフェイスプレートは、ヘアライン加工が施されたCNC切削のステンレス製。片方は無地で、もう一方にはBlessing 2のロゴがレーザー刻印されている。
ちなみに、国内流通品では取り扱いがありませんが、HiFiGoやShenzhenaudioなどの中国のストアから購入する場合、追加の注文(有料)で無地のプレートにMoondropオリジナルキャラクター?の線画が入れられる。Shenzhenaudioでは任意のデザインのレーザー刻印もできるっぽい。
自分が買ったモデルはWooden Redで、ステンレスではなく赤く着色された木製のフェイスプレートになっている。通常モデルよりも30ドル高価ですが、あくまでフェイスプレートの違いなので音は同じ。
イラスト追加版と同じく、代理店から買えないため個人輸入する必要がある。自分はShenzhenaudioで購入しました。
ステンレスプレートは表面が剥き出しですが、ウッドプレート版は上からUVレジンでコーティングされているため表面はツルツル。尖った物にぶつけたりすると引っ掻き傷が入ってしまう可能性があるので、ステンレスよりは多少気を使って扱ったほうが良いかも。
その他の通常版との違いは、Blessing 2のロゴが金色になっていること、レーザー刻印が追加できないくらい。ステンレスプレートよりもレジンコート木製パネルの方が手触りが良いので個人的にオススメ。
ドライバー構成
ネットワークはHigh / Mid / Lowの3-wayで、片耳あたりのドライバーの割り当ては高音域BA×2、中音域BA×2、低音域DD×1。
高音域BAには米Knowlesの「SWFKシリーズ」×2を搭載。低歪率と優れた高域再生が特徴で、他社BAイヤホンでも多数の採用実績アリ。Moondropによれば、高音域にドライバーを多く割り当て過ぎると、一般的に性能が下がる
とのことで、高音域は2基がベスト?らしい。
中音域BAは、中音域の再生に特化した独自仕様の「Softears D-MID-A」で、後述するフィルターや回路設計などと組み合わせ、Moondrop独自のターゲット応答に準拠した500〜8,000Hzの再生周波数を実現しています。
低音域DDには、10 mm径の紙製ダイアフラムを採用。カーボンファイバーと書いているショップもありましたが、紙製が正しいようです。Moondropによればダイナミックドライバーは応答性、測定および主観的なヒアリングにおいて(BA比で)優れ、低音レスポンスの効率性も大半の低音BAを凌駕している
とのこと。
トリプルクロスオーバー
3-wayのマルチドライバーを1つにまとめて鳴らすにはクロスオーバーが必要ですが、Blessing 2では、一般的なコンデンサー(抵抗)を使った電気的クロスオーバーに加えて、3Dプリントのシェルによる物理バンドパス&ローパスフィルタの“ハイブリッド”な「トリプルクロスオーバー」を採用するのが特徴。
コンデンサーを使ったクロスオーバーでは、入力とドライバーの間にコンデンサーを噛ませてハイパスフィルターとして利用し、ドライバー同士の帯域が被らないように再生周波数が調整されている。所謂「ネットワーク」と呼ばれるもので、マルチユニットのスピーカーやマルチドライバーイヤホンで一般的に使われている。
一方のBlessing 2で言う“物理フィルタ”はアコースティックなフィルタリングを指し、ハウジング内のドライバーの位置や音導管の太さ/角度/長さなど、ドライバーの後段で鼓膜へ届く音を調整している(多分)。
物理フィルターはバンドパスとローパスの2つが組み込まれ、バンドパスは低音域DDと中音域BAの応答レンジの改善、ローパスは中音域BAおよび高音域BAのQ値調整に使われています。
一貫した位相特性
トリプルクロスオーバー設計で得られる最大の利点は「一貫した位相特性」で、曰くBlessing 2ではマルチドライバーながら可聴スペクトルの大部分でズレのない一貫した位相特性を実現している
らしい。
また、位相特性だけでなく、理想的なパフォーマンスを維持しながら各ドライバーを正確に制御できるため、理想的な周波数応答も実現できる
とのこと。
Moondropが“ハイブリッドパニック”と表現しているように、マルチドライバーイヤホンではドライバー単体の位相特性が良かったとしても、ネットワークによって位相が狂ってしまいイヤホン全体で位相がズレてしまう場合があるので、その辺もしっかり設計されている。
位相特性は音の定位に影響を及ぼすため、特定の音だけが前に出て(あるいは引っ込んで)聴こえてしまうイヤホンなどは位相特性が狂っているのが要因だったりする。
“バランスの良さ”を重視した周波数特性
メーカー測定の周波数特性は以下のグラフの通り。単体で見てもあまり意味はないですが、後述するように特性は「Harmanカーブ」に近い。
HarmanカーブをアレンジしたVDSFカーブ
Blessing 2では、拡散音場 (Diffuse Field)カーブとHarmanカーブの2つをベースとした、Moondrop独自の「Virtual Diffusion Sound Field (VDSF)」カーブをチューニングターゲットとして採用している。
DFカーブは残響室でスピーカーの音をマイクで測定して得られる周波数特性カーブ。Blessing 2で使われているのはBrüel & Kjær製の音響測定用ダミーヘッド(B&K 4128)で測定されたもの。
HarmanカーブはAKGやJBLを傘下に収めるHarmanグループのリファレンススタジオの周波数特性を基準に作られたカーブで、“万人受け”する最大公約数的なカーブと言われたりもする。
この辺の話も暇なときに書きたいね……
DFカーブとHarmanカーブがベースということで「HarmanカーブのBassブーストを抑えつつ高音域はDFカーブよりも控えめ」というのを想像していたら、実際には低音はそのままにHarmanカーブから少し高音域を抑えたカーブになっていました。
VSDFカーブではHarmanカーブよりも高音域が抑えられているため、音の抜け感はHarmanカーブの方が良いはず。
好みが分かれるポイントですが、元々Harmanカーブがハイに寄り過ぎているという意見もあり、イヤホンの場合は利用環境的に外部ノイズが大きく(屋外での利用が多い)音量を上げて使われがちなので、聴き疲れの対策として高音域が少し抑えられているものと思われる(推測ですが)。
そもそもVDSFカーブは、上位モデルS8のターゲットカーブとして作られたもので、それがBlessing 2の開発にも流用されている。Moondropの他製品を見るに、S8以降に開発された製品はリファレンスカーブとしてVDSFカーブを基準に設計されている模様。
初代Blessingから改良された調性
ちなみに初代BlessingはHarmanカーブをターゲットにしており、自分では初代Blessingを試聴する機会がありませんでしたが、初代と2の両機種を聴いて交えたレビューをIn-Ear Fidelityのcrinacle氏が掲載していたので紹介。
同レビューではBlessingの欠点として「低音の不足」と「喧しいアッパーミッド」の2つを挙げており、それらがBlessing 2では修正されているとのこと。
低音不足でアッパーミッドの喧しさが目立ち、“音が薄く強烈なモニターサウンド”だったBlessingに対して、Blessing 2ではアッパーミッドが抑えられていると同時に、音圧レベル自体はBlessingから下がっているにも関わらず低音の応答性と質感が大きく改善されている。
In-Ear Fidelity
周波数応答のグラフを比較すると、Blessing 2では喧しいアッパーミッド対策に3~5.5 kHzあたりが2 dB前後抑えられているほか、100 Hz以下の低音域が最大3 dBほど下がっているのが見て取れる。
使用感
前置きが長くなりましたが、ここからは実機のレビューについて。視聴環境は「Spotify or FLAC音源 – Drop THX AAA 789 – Blessing 2」。
調性(トーンバランス)
ターゲットは独自のVDSFカーブとなっているものの、前述の通りほぼHarmanカーブを基にしているので“大多数の人が大体のジャンルを心地よく聴ける”バランス。とくにHarmanカーブがシャウト気味に感じる人にハマりそう。
多少大きめの音量でもバランスが破綻しないのも良い点。僅かに音を明るく(Harmanカーブ寄りに)したいという場合には、イヤーピースを後述するSpinFitに交換すると良いかも。
低音域(Low/サブ~ミッドベース)
量感も十分ありしっかり“音圧”を感じられる音ながら、制御された低音でアタックがボヤけない立ち上がりの速さもそれなりに確保されている。50 Hzあたりのサブベースまで沈んでいく音はダイナミックならでは。強いて言えばもう少しトランジェントが良い(鳴り終わりのキレがある)と良かった。
総じて、個人的にはイヤホンに求める低音として丁度良い量感の音。十分鳴っているとは言ったものの、明らかにブーストされていると感じるほど強い鳴り方ではないので、低音好きには物足りない可能性は高い。
中音域(Mid/中低音~中高音域)
中音域は特に文句のない自然で綺麗な鳴り方。男女問わずボーカルが引っ込むことなく前と上へスッと伸びており、ボーカル曲が好きな人は一度聴いてみる価値はある。
若干ボーカルがシャウト気味に(うるさく)聴こえるときもありますが、曲に依存しているのでBlessing 2というより曲のミックスの問題かも。
高音域(High/高音域~空気感)
全体から見ればそれほど目立たないものの、BAドライバーらしい繊細さのある高音。上に突き抜ける高音ではなく、音量は控えめなものの中低音に埋もれてしまうことはない。
個人的には10 kHz超の帯域がやや物足りないが、他の帯域とのバランスは取れているので好みの範疇かも。
所謂「美音系」や「きらびやか」な音ではないので、高音好きにはやや不向きか。
分解能(音の分離)
分解能については、マルチドライバー構成で帯域ごとに別のドライバーが鳴らすため、音の分離感は良好。ただし、ガチガチのモニター系のように音が粒で飛んでくるような感覚はない。
位相が揃っているので、スウィープ信号のようなドライバーを跨ぎながら鳴らす音でも、鳴らすドライバーが替わったのが知覚できてしまう“不自然な音の繋がり”が無いのもポイント。
音場(サウンドステージ)
音場の広さは特別に広くは感じませんが、狭くもない。水平方向は広いものの上下がやや弱いかも?価格帯から見ると評価としては並。
定位
位相特性が良いこともあって定位は中々優秀。IEMなので脳内定位感は否めないものの、センターの音は頭上よりも若干前方寄りに聴こえる。
装着感
装着感の評価は並。イヤーピースがちょっと固めで、特に軸部分が固めなので数時間装着していると痛くなることも。
シェルはやや大きめ。ドライバーが5個も入ってるので致し方ないと言えばそうですが、もう少し小ぶりだと良かったかな……少しでもかさばらない方が携帯性が良いというのもある。
また面倒なことに本体のノズル径が太く、切り欠きもないという変わった仕様なので、大概の社外品イヤーピースが使えない。
某店で使えるイヤーピースを探したところ、「SpinFit CP155」は無理なく装着できたので互換性がありそう。そのまま購入して実際にCP155を常用してますが、こちらに交換すると長時間の装着でも痛まなくなりました。
CP155に交換すると、純正イヤーピースに比べて僅かに低音が落ち着き、全体の音が明るくなる。ただし、曲によってはオリジナルよりもボーカルがシャウト気味に感じることも。
何れにせよ元の調性からかけ離れるほどの変化では無いので、好みの差です。
音漏れ / 遮音性
ベントホールはあるものの、音漏れに関しては問題なし。
遮音性についてはベントホールの影響を受けており、穴を塞いだ状態と比べると外音は大きく聴こえる。窓を空けている地下鉄(特にうるさい大江戸線とか)ではもう少し遮音性が欲しくなリますが、明らかに他のIMEと比べて遮音性が落ちると言えるほどでもないので、評価としては並。
遮音性とも関係しますが、本製品(ほとんどこれが原因で満足度評価を1つ下げたと言って良い)最大の欠陥が風切り音。
フェイスプレートに設けられているベントホール(内圧調整用の空気穴)が「ただの穴」なので、穴に風が吹き付けると風切り音がめちゃくちゃうるさい。
穴に対して斜めや横から吹き付けると強烈な風切り音が鳴るため、顔の正面から風が吹きつけると最悪(装着時は顔に対してイヤホンが若干斜めになる)。ランニング時などに身に着けるのはオススメしない。
空気が撹拌されるようにデザインされていれば良かったんですが……なお対策として穴を塞いでしまうと、ダイナミックドライバーの応答が悪化してバランスが崩れるので避けたほうが良い。解決法を模索中ですが、UV硬化レジン買ってきて穴の向き変えればなんとかなるかな?
Pros(良い点)
Cons(難点)
総評
総評は、音についての不満は小さいので満足度高め。
特に調性のバランスの良さは、自分が今まで聴いたイヤホンの中でもトップクラス。3.5万円と特段安くはありませんが、crincle氏も評しているように5~15万円クラスのイヤホンと渡り合う完成度の高さは、コスパが優れていると言って差し支えないでしょう。
ヘッドホンでいうところの「Sennheiser HD650」のような、製品の比較で評価の基準に使える“ベンチマーク機”となるイヤホンです。やや高音が控えめなところもまさにHD650っぽい印象。
あとは風切り音さえなくなれば完璧なんだけど……
項目 | 評価 |
---|---|
調性 | |
低音域 | |
中音域 | |
高音域 | |
分解能 | |
音場 | |
定位 | |
快適さ | |
音漏れ / 遮音性 | |
満足度 |
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